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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)3012号 判決 1975年8月07日

控訴人 田部井清

控訴人 田部井和子

右両名訴訟代理人弁護士 古橋浦四郎

同 隈元孝道

被控訴人 株式会社ブーケ

右代表者代表取締役 松井善作

右訴訟代理人弁護士 町田健次

主文

原判決を取消す。

被控訴人は、控訴人田部井清に対し金五三〇万円、控訴人田部井和子に対し金一七〇万円、および、右各金員に対する昭和四五年五月二四日から各支払ずみまで日歩金二銭七厘五毛の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は、主文第二項につき、仮に執行することができる。

事実

控訴人ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する主張および証拠関係は、次に附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

被控訴人は被控訴人が営業譲受後遅滞なく旧ブーケの債務を引受けない旨の登記をしなかったこと、旧ブーケおよび被控訴人が控訴人らに対し、営業譲渡後遅滞なく、本件貸金債務を引受けない旨の通知をしなかったことは認めると述べた。

≪証拠関係省略≫

理由

一  本件貸金について

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  控訴人清は、昭和四四年三月ころ東京人材銀行の紹介で、それまで何ら縁故のなかった訴外株式会社ブーケ(現在商号株式会社デービー。以下旧ブーケという)に入社し、経理部長として経理事務を担当していたが、旧ブーケの代表者相羽信太郎、取締役秋山享二らから旧ブーケの窮状を訴えられ、運転資金の貸与の申込があったので、先の会社の退職金の一部を融資することとし、同年八月二五日旧ブーケに対し、金二三〇万円を弁済期同年一一月二四日、利息遅延損害金日歩金二銭七厘五毛の約定で貸与した。右弁済期は三度にわたり猶予し、最終弁済期は昭和四五年八月二四日とした。

(2)  控訴人清はその妻で歯科医師を開業する控訴人和子に対し、右事情を話し貸与の要請をしたところ、控訴人和子は、自己の取引銀行である三菱銀行から金一七〇万円を借受けた上、昭和四四年八月二五日旧ブーケに対し、金一七〇万円を、弁済期同年一一月二四日、利息遅延損害金日歩金二銭七厘五毛の約定で貸与し、右弁済期は三度にわたり猶予し最終弁済期は昭和四五年八月二四日とした。

(3)  旧ブーケは経営に行きづまり従業員の給与を支払えなくなり、再び相羽、秋山から懇請があったので、控訴人清は一従業員にすぎず経営者ではなかったが、旧ブーケを救い自己の債権回収を図るためやむを得ず、先の会社退職金の一部で買ってあった株券を売却して金策の上、昭和四四年一一月二八日ころ旧ブーケに対し、金三〇〇万円を弁済期昭和四五年五月二四日、利息遅延損害金日歩金二銭七厘五毛の約定で貸与し、弁済期は二度にわたり猶予し最終弁済期は昭和四五年八月二四日とした。

右認定を左右する証拠はない。

二  営業譲受による債務引受について

被控訴人が昭和四五年九月四日会社設立と同時に旧ブーケからその営業を譲受けるとともに旧ブーケの「株式会社ブーケ」なる商号も譲受けて続用していることは当事者間に争いがない。従って被控訴人は商法二六条一項により旧ブーケの営業によって生じた債務については被控訴人もその弁済の責に任ずべきことは明らかであり、前段認定の控訴人らの債権が旧ブーケの営業によって生じたものというべきことはもちろんである。

これに対し、被控訴人は、右営業譲渡は限定的であり、控訴人清が旧ブーケの取締役であったことから、控訴人らの旧ブーケに対する前記一の本件貸金債務については被控訴人が債務引受をしなかったもので、その点で一部の営業譲渡であった旨抗争するけれども被控訴人が右営業の譲渡を受けたのち遅滞なく旧ブーケの債務につき責に任じない旨を登記したことのないこと、また旧ブーケ及び被控訴人において控訴人らにその旨通知したことのないことは被控訴人の自認するところであるから、すでにこの点で右主張はそれ自体失当である。

しかのみならず、その実体関係においても、これを是認することはできない。すなわち被控訴人の右主張に沿う≪証拠省略≫はにわかに信用できず、他に右主張事実を認めることのできる証拠はなく、かえって、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  旧ブーケは代表取締役相羽の一族で経営する同族会社で、婦人用下着類の製造販売を営み、東京の本社のほか横浜、名古屋に工場、営業所を有し、従業員約一一〇名を擁し、ブーケの商号のもとその商品と商標は業界によく知れた老舗で、得意先には三菱、高島屋、京王デパート、ウイスタリア、高野など有名な業者が多かった。

(2)  旧ブーケは前記のように経営が窮状に達していたが、昭和四四年春ころ担当者が誤って三倍もの材料を仕入れたため代金二、四〇〇万円の大部分が支払不能となり、そのことで、相羽が責任を追及され、昭和四四年七月一日相羽一族の取締役全員が退任し、名古屋営業所も閉鎖となり、経営が危機に瀕した。控訴人清は、相羽に代り旧ブーケの代表者となった秋山から相羽一族退陣のあとの空席を埋めるために必要であるとして取締役に加わるべき旨要請され、旧ブーケの経営に加わることは前記貸金を確保する途でもあると考え、昭和四五年一月二八日その取締役に就任した。しかし、控訴人清が在任した一年三か月間にはほとんど正式の取締役会が開かれたこともなく、秋山は名古屋営業所の再建と金策に奔走し、控訴人清は従前どおり経理事務を行うのみというのが実情であった。

(3)  旧ブーケの代表者秋山は昭和四五年七月一〇日大口債権者二〇数社を召集して債権者集会を開き、経営の窮状を訴え、債務総額約金三、六〇〇万円の一年間の弁済猶予を求めたが承認されず、そのころ三回にわたり債権者集会が開かれたが、控訴人清は旧ブーケの取締役で旧ブーケの債務の一部につき連帯保証していたということから、グンボーに次ぐ大口債権者でありながらその債権者集会では債権者側には加えられなかった。右債権者集会で示された旧ブーケの弁済計画によると営業利益の一〇%をあてるということであったが、それでは負債の整理ができず、他方、旧ブーケは前記のとおりその得意先が非常によく営業の仕方いかんによっては相当の利益を得られる見とおしもあり、その営業利益をほとんど弁済に充当すれば短期間で債務の弁済ができる状態であった。そこで、第一の大口債権者であるグンボーの関係者が中心となり、旧ブーケの秋山も経営に加わり、大口債権者が債権額の一割をもって出資したこととし、その株主となって、新会社を設立し、新会社が旧ブーケの営業を譲受け、旧ブーケと同一の商号で営業を行ない、営業利益は優先的に旧ブーケの債務の弁済に充当すること、弁済の順序は新会社の取締役の関係する会社に対する債務は他の債務より後にし一年後から弁済すること、大口債権者は別に金一、一〇〇万円を拠出し事業資金とすることなどの決議をし、右出席債権者二〇数名と旧ブーケとの間で右約定をした。

(4)  右債権者集会はまた新会社の設立準備をも行ない、昭和四五年八月中に行なわれた第三回債権者集会は、特に会社創立総会の名はつけなかったが、事実上それをも兼ねて被控訴人会社の設立が決議され、被控訴人は所定の手続を経て同年九月四日その設立登記をして設立され、その代表取締役には大口債権者の関係者である松井善作が就任し、事実上はグンボーの関係者である真塩が取締役となって会社の経営を掌握し、秋山はその営業担当の取締役となった。旧ブーケの代表者秋山は同年同月同日被控訴人代理人真塩との間に、前記(3)の約定にしたがい、無償で旧ブーケの営業を被控訴人に譲渡する旨契約し、即時その財産等の引渡、引継がされた。すなわち、旧ブーケの現金、預金、動産、不動産、電話加入権、商標権、売掛代金債権など一切の積極財産は、現状有姿のまま被控訴人に一切の権利が移転され、旧ブーケの営業組織、従業員はそのまま被控訴人に引継がれ、従業員に対してはその旨の辞令が交付され、得意先、仕入先関係など老舗を組成する事実関係が譲渡されたほか、前記(3)認定のように新会社設立の目的である旧ブーケの債務整理のため、旧ブーケの一切の債務につき被控訴人が旧ブーケと重畳的に債務引受をし、その後銀行関係、下請関係をはじめ約三、六〇〇万円の債務は被控訴人において支払っている。旧ブーケは同年七月四日以降事実上業務を停止していたが新会社に営業を譲渡したのち同年九月四日商号を株式会社デービーと変更したが爾後自らはなんの営業も行っていない。

以上のとおり認定することができる。

一般に、ある会社が多額の債務を負担しその支払が困難となったため、その債権者らが中心となってその債務整理の目的で新会社を設立し、新会社がその営業を無償(ただし、右債務完済後の清算処理の点はさておく。)で譲受け、その営業利益で旧会社の債務を弁済しようとする場合の営業譲渡は、旧会社の積極財産、企業組織、老舗を組成する事実関係などの譲渡はもとより旧会社の債務の一切を含み、新会社は旧会社と重畳的にその債務を引受けたものというべきである。したがって、また、その債務が、旧会社の取締役であった者が個人的に旧会社に対して有した債権である場合においても、それが旧会社の営業上のものである限り右債務が企業財産を組成する消極財産である点で一般債務と変りはないから、新会社は右営業譲渡によって、その債務を旧会社と重畳的に引受けたものと解するのが相当である。本件において、前記認定事実によると、旧ブーケは債務約三、六〇〇万円の支払いが困難となったため、その債権者であるグンボーが中心となり債務整理の目的で被控訴会社を設立し、被控訴人がその営業利益で旧ブーケの債務を弁済するため、旧ブーケの営業を無償で譲受けたものであるが、控訴人清は旧ブーケの取締役であっても(なお、本件貸金は取締役ではなく従業員であったときのものである)右説示の点から被控訴人が旧ブーケと重畳的に控訴人清の旧ブーケに対する本件貸金債務を引受けたものということができ、また、控訴人和子の本件貸金については、前記説示の点から、被控訴人が旧ブーケから営業を譲受けたことにより、被控訴人は旧ブーケと重畳的にその債務を引受けたものというほかない(もっとも営業譲渡は、旧ブーケと被控訴人間でなされ、それが前記のように本件貸金債務の重畳的引受の効果を伴なうものではあるが、本来債務引受は、債務者、引受人のほか債権者を含む三者間でされることが必要であり、債権者である控訴人らとの関係では、右営業譲渡による債務引受は第三者のためにする契約部分をも含むと解されるところ、≪証拠省略≫を総合すると、控訴人和子代理人兼本人としての控訴人清は昭和四五年九月上旬ころ被控訴会社が設立されて間もなく、旧ブーケ代表者秋山及び被控訴人代理人真塩に対し、旧ブーケが被控訴人に営業譲渡したことを理由に、本件貸金の連帯支払を求めていることが認められるから、控訴人らはこれによって、旧ブーケと被控訴人が、営業譲渡に伴ない被控訴人が控訴人らに対し本件貸金債務を重畳的に引受ける旨約定したことにつき、その受益の意思表示をしたものとみられる)。

三  結論

以上のとおりであるから、被控訴人は、控訴人清に対し、前記一(1)(3)の貸金合計五三〇万円、控訴人和子に対し、同(2)の貸金一七〇万円、および、右各金員に対する各貸与後である昭和四五年五月二四日から最終弁済期の同年八月二四日まで約定の日歩金二銭七厘五毛の割合による利息金、同年八月二五日から各支払ずみにいたるまで同割合による遅延損害金の各支払義務があることは明らかで、これを求める控訴人らの本訴請求は正当であり認容すべきところ、これと異なる原判決は失当で、本件控訴は理由があるので、原判決を取消した上本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅沼武 裁判官 加藤宏 高木積夫)

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